ブラック・ジャックに憧れて

前にも書いたような気がするのですが、私は、ブラック・ジャックに憧れています。
私は医者ではありませんが、専門サービス業ということでいえば、同じ仲間だともいえます。
何に憧れているかといえば、一つは、やはり世界一の外科医であると認められる技術。難しい手術の経験を通じて様々な症例を知り、たくさんの手術経験がまたさらに腕を磨くという好循環。
私の仕事も、多くの会社で仕事をさせて頂き、その経験の中からいろいろと学び、次の仕事につなげていくというようなことは同じです。違うのは、やはり世界一はもちろんのこと、○○一と認められる実力があるかどうか、、、まあ、少しでもレベルアップできるよう、日々精進していきたいと思います。
また、技術だけではなく、報酬面にも憧れます。


こういう表現をすると、勘違いされるかもしれませんが、「いくらでも払うから、手術してくれ」というのは、医者冥利に尽きるというか、信頼されている証で、とてもうれしいものだと思うわけです。
1回の手術で大金が手にできるということではなく(もちろんそれも魅力的ですが)、「それだけ払っても依頼したい」と思われたいということです。
その一方で、ブラック・ジャックは、50円とか、拾ってきた貝殻などを報酬として手術をしたりします。治療費として大金を請求することがある一方、ただ同然で手術を引き受けるのです。
いつもいつも、すべての手術をただ同然でやってしまったのでは、事業として成り立ちません。でも、ときにはそういうことができるというのも、何だかかっこいいなと思うわけです。
どういうときにただ同然でやるのかといえば、要は、「助けてあげよう」と思えるような依頼者だったときです。いろいろなケースがあるでしょうが、何としても患者を助けたいという依頼者の思いが伝わってきて、この依頼者のためなら一肌脱いでもいいかなと思えるときです。
これは私も同じですし、たぶん誰でもそうでしょう。
私も、ただ同然あるいは、かなり安い金額で、仕事をさせて頂くことがあります。
でもそれは、自分自身のサービスを安売りしているわけではありません。
その相手のために何かしてあげたいという気持ちになったとき、報酬金額は二の次でやらせて頂くのです。
もし、ある人が「知り合いなんだから、安くやってよ」と気安くいってきたとしたら、それはお断りするかもしれません。
気軽に値切ろうとする相手の場合も、お断りするような気がします。
でも、「これだけしか払えないんだけど、何とかしたいから手伝って」といわれたら、たとえ安くても引き受けるかもしれません。
ただ、同じ表現でも、「そういっておけば安くやってくれるだろう」と計算しているような印象を受ければ、恐らく引き受けないと思います。
本当に何とかしたいという気持ちが伝わってきて、頼りにされているんだということを感じたら、やはり何とかしてあげたくなりますし、場合によっては金額に関係なくお手伝いしようという気持ちになるのです。
まあ、本当にブラック・ジャック風にやるとしたら、「手伝って欲しければ、○千万円用意してください」ということになるのでしょうが、その点では全然ブラック・ジャックにはなり切れません(笑)。
ただ、ブラック・ジャックは、プロフェッショナルの究極の姿(極端すぎますけど)を描いているように思うので、私もそうなりたいと思っているのです。
まずは、腕を更に磨く。認めてもらえるまで磨く。
認めてもらえないのは、それなりの腕だから。
認めてもらえない悔しさなら、これまでに何度も味わってきましたが、それを解決するのは、自分の腕を磨くことだけ。
そう考えて日々精進していますが、ブラック・ジャックのようになれる日が来るかといえば、、、
でも、あきらめません。
ひたすら、腕を磨くのみ!

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