内閣不信任案

ついに提出されて、採決されました。

政治のことについて、とやかく言うつもりはありませんが、不信任案が出されたことにより、何らかの動きが起こったということについては、ちょっと書いてみたいと思いました。

もちろん、私が書くわけですから、企業経営についてです。

それは、リーダーに問題があるとき(少なくともそう思えるとき)、どうするかって話です。

会社によっては、社長あるいは、専務とか、取締役クラスの中に、明らかに問題を抱えている方が居座っていることがあります。既得権益を手放したくないばかりに、いろいろと社内に根回しして、望ましくない仲間たちができていて、簡単には始末できないようなケースです。

そんなとき。

「まあ、しょうがないよね。簡単にはどうにもならないから。。。」

といって、あきらめるか。

「あそこが問題なんだから、何が何でもやめさせなきゃ!!」

と、強行突破しようとするか。

「何とか、丸く収まるように説得してみよう」

と、果てしなく続くかもしれない地道な取り組みにチャレンジするか。

いろいろな選択肢があります。

何が正しいかは、ケース・バイ・ケースで、思い切って強行突破した方がいい場合もあるし、穏やかに、地道に何とかした方がいい場合もあります。

ただ、いずれにしても、何かをやらなきゃ動かない。

今回も、不信任案が出されなければ、ひょっとすると何も変わらなかったかもしれません。

不信任案を提出するからには、本来は代替案というか、明確なビジョンや方向性があるのが筋というものです。大抵は、何かを否定するからには、その代案を出せといわれます。そうじゃなければ、ただ否定しているだけで、自分だってダメでしょということになります。

ただ、じゃあ、代案がなければ何も否定しちゃいけないのかというと、それが明らかに間違っていると思うのであれば、何か行動を起こした方がいいかもしれない。

自分にはどうしたらいいか分からないけど、このままじゃダメだということは分かる。

それならば、たとえ無責任であっても、声を上げる方がいい。

声を上げないということは、何もしないということであって、ひょっとしたら、代案なしに否定することよりも無責任ということになるかもしれないのです。

たぶん、会社でも時々あると思います。

「それは、それじゃあダメでしょ!」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「それは分かんないけど。。。」
「だったら、無責任なこといわないでよ」

先ほども書きましたが、一般的には、あんまりいいことじゃありません。否定するなら代案を示すのが筋だと思います。

でも、代案がなかったとしても、否定した方がいい場合もある。たとえ無責任であっても、否定することによってダメなところが明らかにされて、俎上に載せられるからです。

代案はみんなで考えようってことですね。

単なる否定も、一石を投じるということであれば、重要な意味があるということです。

もっとも、現実的にそれをやろうとすると、単なる無責任野郎が増えるだけになる可能性もあるので、難しいところです。

逆に「否定するなら代案を出せ」ということを徹底しすぎてしまうと、問題があることは分かっているのに、誰も指摘できなくなる恐れがありますし。。。

現実というのは、一筋縄ではいきませんな。。。

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