過去の分析で、将来を予測できるのか

先日、夜のスポーツニュースを見ていたら、プロ野球の優勝予想というのをやっていました。現在セリーグは、阪神、巨人、中日の3チームが争っていますが、その中からどこが抜け出すか、あるいは優勝確率が高いかを予想しようというコーナーでした。

そこでの予想は、中日が優勝で、阪神が2位、巨人が3位。

そのときと、今現在ではやや状況が違うかもしれませんが、3位の中日が優勝するというある意味大胆な予想です。

その根拠は何か。

それが、これまでのホームゲームとロードのそれぞれの勝率を、今後のホーム、ロードの試合数で換算すると、そういう結果になるのだそうです。

つまり、ここまでホームゲームの勝率が6割だったら、これからも6割。7割だったら7割。そうやって今後の勝敗を積み重ねると、上記のような結果になるのだそうです。

そのとき思ったこと。

つまらん!

念のために申し上げておくと、中日が優勝するという予想に不満があるわけではありません。順位そのものはどうでもいいのです。その予想の根拠が面白くないのです。

確かに、一見すると論理的で、その通りになりそうな気がしてしまいます。

でも、実際には、そのときの選手の調子、チーム全体のムード、核となる選手の気合い、監督の選手起用、各試合の戦い方など、様々な要素が絡み合って、これまで通りの数値になるとは限らないものです。結局、最後は精神力の勝負だったりすることもあります。

もっとも、それだけ多くの要素を盛り込もうとすると複雑になりすぎて予想が難しくなります。たとえ、予想したとしても、定量化できない根拠だと突っ込みどころも満載です。

でも、だからといって、ホームとロードの勝率だけで予想するのが妥当なのか。。。

そんな予想、ちっとも面白くない!

そう思ったのです。

さて、実はここからが本題です、、、とかいうと、またまた前置きが長いとおしかりを受けそうですが、経営においてもこんなことないかなと思ったりするのです。

確かに過去の数値が、将来を予測する重要な根拠となる場合もあります。

しかしながら、環境は大きく変化し、消費者の購買行動も変化している中で、過去のデータがどこまで信頼できるものなのか。

過去のデータが示す方向性と、自分が考える方向性が違ったときにどちらをとるべきなのか。

一概にはいえませんが、過去のデータを過剰に信頼し、頼りすぎるのはかえって危険だと思います。過去の傾向に反していても、自分がこうだと思ったら、その方向で突き進むのも悪いことだとはいいきれません。

むしろ、「データなんてくそ食らえ!」「絶対にやってやろう!」と社員が一致団結できたら、それこそ想定外の結果をたたき出すことだってあり得るのです。

「人」という経営資源の「すごい」ところと「怖い」ところは、こういうところにあると思います。

データを信頼するのか、あるいは無視するのか。それはケースバイケースでいろいろだとは思いますが、一つい確実にいえることがあります。

「データがこうなっているから」

そんな理由では、人は燃えてこないということです。

むしろ、先ほどの例ではありませんが、過去の常識(ここでいえばデータ)を覆そうという気合いが、大きな成果をもたらすこともあるわけです。

それほど劇的なものを目指さないとしても、データ偏重はよくないと思う今日この頃。。。

ロジック、理屈、データなども重要ですが、人間のやることなので、気持ち、気合い、志などという精神的なことも無視できないと思います。

要は、うまくバランスをとるということですね。

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