難儀と苦労

本当に、久しぶりに書きます。
この間、楽天日記は毎日続け(日記なので気楽に書けますから)、メルマガも毎週発行していましたが、ここには何を書くべきか、なかなか思い浮かびませんでした。
というか、考える余裕もありませんでした。
このブログを立ち上げるときは、勢い良かったのですが、多くのことに手を広げすぎて、結局、アイディア倒れになりそうな雰囲気・・・
このままではやばい!と、いつも思っているのですが、気持ちだけはあるものの、行動がついていきません。それでも、書きたいことはたくさんあるので、こちらも続けていきたいと思います。
さて。


今、松下幸之助の『物の見方 考え方』という本を読んでいます。その中に、今回のタイトルの『難儀と苦労』があります。
松下幸之助は、「自分は苦労はしていない。難儀していただけだ。苦労と難儀は違う」と、この本の中で書いています。
言わんとしていることは、何となく分かるような気がします。
ただ、辞書で調べてみると、
「難儀=苦しむこと。苦労」とあり、難儀と苦労は一緒なの?と思ってしまいます。
一方、苦労を調べてみると、「物事がうまくいくように、精神的・肉体的に励むこと。逆境にあって、つらいめにあいながら努力すること。また、あれこれ心を用いること。労苦。」とあります。
何だか微妙な差なのですが、松下幸之助が、使い分けたポイントは、「つらい思い」があるか、ないかではないかと思います。難儀も苦労も、どちらも大変なのですが、それをつらいと思っていないのが「難儀」で、つらい思いをしているのが「苦労」
私の解釈なので、間違っているかもしれませんが、文章を読んでみると、何となくそんな気がします。
何となくそんな気がするのには、別の理由もあります。
自分も同じようなことを考えているからです。
現在、独立してコンサルティングなどで生計を立てています。「儲かってウハウハ」という状況では、決してありません。どの世界でもそうでしょうが、独立して食べていくことは難しいと実感しています。
でも、それをつらいとか、苦しいとか思ったことはありません。(今のところは)
むしろ、サラリーマン時代の方が、つらい思いをしていました。
つらい思いをしていたといっても、毎月きちんと給料は振り込まれますし、職場の環境もそれほど悪くはありません。何がつらかったかというと、突然、自分の意にそぐわない異動を命じられたり、仕事を与えられたりすることです。
「自分のやりたいことが出来ない」
「自分がやりたくないことを、やらなければならない」
それが、つらかったのです。
現在はというと、先ほども書いたとおり、つらくはありません。稼ぐのは大変ですが、つらいと思ったことはありません。
では、好きなことしかやっていないのかというと、そんなことはありません。
気が進まないことであっても、稼ぐために必要なことであればやっています。やっていることすべてが、自分のやりたいことばかりではありません。
それにもかかわらず、「つらい」とは思わない・・・
それはなぜかというと、現在を、自分の目標を実現するための一つのステップととらえているからです。今は、修行中という感じです。だから、やりたくないことをやっても、つらいとは思わないのです。
このことには、独立しているかしていないかは、関係ありません。サラリーマンであっても、「今は、修行中」と考えることは出来るはずです。
よく言われることですが、何でも、気持ちの持ち方次第。
イヤな上司に当たっても、それが自分の人間性を向上させるためだと思えば、ちっともつらくありません。(って、つらいよ・・・やっぱり・・・)
まあ、ちっともつらくないは言い過ぎにしても、気の持ち方で、つらさが軽減されることは間違いなくあるような気がします。
企業で働く人が、自分勝手ではなく、会社のためにでもなく、自分のために働いて、みんながhappy=3happyになればいいなと思います。

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