常に謙虚であれ
私には、嫌いなモノがいくつかあります。
その一つは、人が集まるところでの携帯電話。
人が集まるところというのは、私の意識の中では、駅のホームも、電車の中も、道路も、ビルの中も、喫茶店も、共有のスペースと思われるところは、すべて含まれます。
もちろん、状況によっては、私も携帯電話で話をします。電車の中では話しませんが、降りてホームで会話することはあります。道を歩いている時に、突然携帯がかかってきて、話をすることももちろんあります。
それでも、私なりに周囲への配慮はします。ホームでは、人が少ない方へ離れてから話をしますし、道を歩いている場合は、邪魔にならないところによけて、その場で話をします。だからといって、誰にも迷惑をかけていないかというとそんなこともないのかもしれませんが、一応、それなりには気を遣っています。
私が、携帯電話で話をするのが嫌いなのは、明らかに、周囲への配慮が欠けているように見えるからです。
たとえば、人の後ろを歩いていて、大きな声で話をしている人がいます。ほんの数メートル先に人がいるのですから、自分の話し声が聞こえるとは考えないのでしょうか?
自分にとっては楽しい会話かもしれませんが、人にとっては、ただの騒音でしかないことに気がつかないのでしょうか?
このように、配慮の感じられない携帯電話での話は、私は嫌いです。
ところで、今日の本題は、携帯電話ではありません。前ふりが長くなりましたが、今日の本題は、無責任な発言です。
私は、この無責任な発言というものが、これまた大嫌いなのです。たとえば、テレビのニュース番組のコメンテーターというのか、キャスターというのか、司会者というのか、何だか分かりませんが、とにかく番組の出演者。
特に、半分ワイドショー的なニュース番組。
なぜ、当事者でもないのに、あんなに偉そうにコメントするのでしょう?
「いやぁ、これはこの方の立場を考えたら、たまりませんね」
「こんな企業は、経営する資格がありませんね」
「これは、○○がしっかりやらなきゃダメでしょ!!」
「しっかり、普段から○○してれば、問題は起こらないんですよ!!」
確かに、仰せの通りかもしれませんが、部外者にはいくらでもいえるんですってば。視聴者の声を代弁するということなのかもしれませんが、私の目には、過剰反応にしか見えません。
私は、いつも言いたくなります。
「じゃあ、あなたがやれば!」
もちろん、そんなことをいったところで、自分はそういう立場ではないといわれるに決まっています。自分の役割は、そのような事実を世の中に伝えることだといわれてしまうかもしれません。
「だったら、伝えることに徹しなさいってば」
自分の意見を入れずに、事実だけを伝えてくれればいいのです。
会社にもこういう人はいます。
頭が良くて、仕事もそれなりにできて、弁の立つ人。
それが、良い方向に向かってくれればいいのですが、ただ文句ばっかりいうだけで、結局何もしない人。
ところが、本人には自覚がない。自分は建設的な意見を述べていて、それを実行しない周囲の人間が悪いと思っている。
そんな人には困りますね。
仕事がら、第三者の立場として意見を申し上げることが多いのですが、とても気を遣います。第三者だから分かることもありますので、時には厳しいこと、嫌がられるようなこともいいます。でも、根底には相手の立場を尊重するという意識がないといけないと思います。
分かったような気になっていても、自分には見えていない事実や状況があるかもしれないからです。
常に謙虚であれ。
忘れてはいけないことだと思います。
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