美しい言葉

美しすぎる言葉は、どうも信じられません。

もともと、とても疑い深い性格なもので。。。

政治家の言葉などを聞いていても、「それは本当に、本心なの?」と、疑いたくなります。

もっとも、他人から見ると、私も人のことをいえないのではないかと思われるかも知れません。

たとえば、私が理想とするのは、「楽しい会社」であったり、「豊かで、幸せな社会」の実現だったりします。

でも、それがそんなに甘いものではないことは、多少は理解しているつもりです。

会社が楽しいものになるためには、そこに厳しさがなければなりません。楽で、のんびりできて、ゆったりしていられる会社は、結局、私がいうところの「楽しい会社」にはなりません。

私が「楽しい会社」といっているのは、ちょうど甲子園を目指して猛練習している野球部のようなものだからです。

確かに、練習はつらい。でも、試合で勝つためには、もっとうまくなり、強くなりたい。だから、厳しい練習にも耐えられる。

そして、その日々の努力の結果、試合に勝つ。試合で活躍できる。

結果がすべてではありませんが、試合での勝利やそこまでのプロセスが、達成感や充実感、満足感などをもたらしてくれる。

そういうことをいっているのが、「楽しい会社」です。

「豊かで、幸せな社会」も同じです。「何もしなくても、豊かで幸せになれる」なんてことがあるわけない。

日常では、厳しく、つらいことはいくらでも起こるはずです。でも、それを単に厳しいとか、つらいとだけ捉えるのではなく、自分を成長させるための勉強だと思えば、それだけでも幸せになれます。そして、そのような厳しいことやつらいことの結果として、自分が生活できるお金を得られ、幸せがやってくるのだと思います。

今は、豊かな社会なのだと思います。私は、この豊かな社会で育ってきたので、本当の貧しさが理解できません。多くの人がそうでしょう。

でも、この豊かな社会は、自然にできあがったものではありません。

私たちの先輩たちが、汗水垂らして、努力して作り上げたものです。それを忘れたら、日本はおかしくなります。

豊かな社会で生活したいなら、私たちも先人たちと同様、汗水垂らして、努力しなければなりません。

今の若い世代では、

「まあ、今のままでいい。別に頑張って金持ちになろうとか、偉くなろうとか思わない」

という考えの人が増えているようです。

その考えは、間違っているとはいいきれません。

極端な成長志向や、度を超えた物欲がいいとは思いません。

ただ、現状維持というのは、頑張らなければ実現できないことです。それなりに努力するから、現状を維持できる。努力しなければ、衰退するだけです。

金持ちになるかどうかは別にしても、努力していかなければ、日本は今の位置を維持できません。

「今のまま」じゃなくなるんです。

ちょっと話がそれましたが、美しい世界を実現するためには、時には口論になることもあるし、つまずいて転ぶこともあります。挫折して落ち込むことも、悔しい思いをすることも、うまくいかなくてがっかりすることも、本当にいろいろなことがあります。当たり前ですが、いいことばかりではありません。

表面はきれいでも、中身はきれいではないのです。

結果は美しくても、プロセスは汗まみれなのです。

「楽しい会社」も「豊かで、幸せな社会」も、汗水垂らした結果なのです。

そんなことを考えると、ただただ美しいだけの言葉は信用できません。

それは、単なる幻想か、きれい事か。

そう思ってしまうのです。

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