損して得とれ

世の中には、いろいろな格言があります。

その中には、相反するような格言もあって、一体どっちが本当なの?と疑問を感じることもあります。

たとえば、「2度あることは3度ある」と「3度目の正直」

2度同じような失敗を繰り返した場合、前者の考えなら3度目も失敗しますし、後者の考えなら3度目は成功します。

じゃあ、どちらか一方が正しいのかというと別にそんなことはありません。よく考えれば、どちらも正しいことだと分かります。

たとえば、先ほどの例でいえば、2度同じような失敗をして、何の反省もせず、特別な対策もせずに、もう一度チャレンジすれば、たぶん、「2度あることは3度ある」ということになるでしょう。つまり、失敗するということです。

しかしながら、2度の失敗を振り返り、その教訓を生かして3度目に取り組めば、これは「3度目の正直」となるかもしれません。もちろん、そうならないかも知れませんが、無策で取り組むよりは可能性が高まります。

いずれにしても、「2度あることは3度ある」とか「3度目の正直」という言葉があることを頭に入れておけば、「無策で望めば失敗するから気をつけよう」という自分への戒めや、「きっと次は成功する」という前向きな姿勢を持つことができます。

さて、今日のタイトルは、「損して得とれ」

この言葉は、どうも元々は、「損して徳とれ」だったようですが、近年では、「徳」が「得」に変わってしまったようです。世相を反映しているとでもいうのでしょうか。それとも、損得という相反する言葉の方が妙味があるということでしょうか。

どういうことかは分かりませんが、この言葉に似たことをいう人はたくさんいます。

「まずは与えよ。与える者は与えられる」とか。

よく使われる「ギブ&テイク」という言葉も、同様に解釈できなくもありません。

他にも例はあると思いますが、共通しているのは、利他の精神。他人の利益を考えて、自分は奉仕するという精神です。そうすれば、自分にも恵があるということです。

ちょっと意味が違うんですが、「人を変えたければ、まず自分が変われ」という言葉もあります。

これも、考え方によっては、自分が得する前に、まず自分から奉仕する。つまり、まず自分が変わって(損をして)、そのあとで相手が変わる(得する)という、「損して得とれ」的な考え方ともいえます。

ちょっと強引かも知れませんが。。。。

もっとも、世の中では、自分の利益のことばかり考えている人が、得しているように見えることがあります。自我を通す人が、結局得をしているように見えることがあります。

でも、本当にそうなのでしょうか?

金銭や物欲的な面でいえば、ひょっとするとそうなのかも知れません。でも、人間はそれだけで生きているわけでもないし、人間の幸せは、金銭や物だけではありません。

それに、長い目で見たときに、自分だけ得しようとする人が、利益を得続けることが本当にできるのでしょうか。

たぶん、そんなことはないように思います。

でも、人間というのは、ある時感情的になって、何かにとらわれることが多いのです。

「あいつを何とかしてやろう」
「あれをうまく使って、大もうけしてやろう」
「あいつが得してばかりいるのはおかしいから、何とかしてやろう」

たぶん、そんなことを思っていると、「2度あることは3度ある」のように、失敗し続けるような気がします。

反対に、自分がどんな役に立てるのか。自分の使命を果たすにはどうしたらよいかを真剣に考え、やれることを精一杯やる。

一見すると、損してばかりのようかも知れませんが、「3度目の正直」で、そのうちうまくいくと思います。

たぶん、そういう人のことを、お天道様は見逃しません。

人のことをとやかくいう前に、まず自分。

ひょっとすると、「損して徳とれ」という元の意味に返ることが大切なのかも知れません。

「いうは易し行うは難し」かもしれませんが。

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