今の自分がいるのは、小4のときの担任の先生のおかげ

今日は、近くに住む小3の姪と、小1の甥が遊びに来ていました。

自分も同じだったのだと思いますが、あっちいったり、こっちいったり大忙し。さっきまで漫画を見ていたと思ったら、今度はピアノを弾くといい出すし、興味の対象があっちこっちに移り変わります。[E:wobbly]

で、突然、私に話しかけてきました。

「ねぇ、ねぇ、ワッツ ドリンク ドゥ ユー ライク?」
「ん?何?」
「だから、、、ワッツ ドリンク ドゥ ユー ライク?」
「え?分かんない」
「だから、アイ ライク オレンジジュースっていうんだよ」

最初は、何のことか分からなかったのですが、習ったばかりの英語を使っていたのでした。

感心したのは、同じパターンで、スポーツは何が好きか、フルーツは何が好きかをスラスラといえるのです。

確かに、ドリンクの部分をスポーツやフルーツに変えるだけでいいのですが、中学生になって新たな教科の一つとして学んだ身としては、スラスラ言うことは難しかったような記憶があります。

今は、この程度の英語なら難しいとは思いませんが、かつては、「えぇっと、What’s drink do you like?のdrinkを、sportsにして、、、」などと、頭で考えないとダメだったからです。[E:coldsweats02]

その点、小さな子供は、母国語を覚えるのと同じように、スラスラと覚えていくんですね。そういう意味では、小さいときに外国語をやることも理にかなっているといえなくもありません。

といいつつ何ですが、私は、小学校で英語をやることについては賛成ではありません。他にやることがあるだろうというのが私の考えです。言葉は言葉であって、その言葉を使って何を話すかをしっかりやらなきゃダメだろうと思っています。

で、話がそれましたが、私が書きたかったことは、実は自分の小学校4年生のときのことです。

そのときの担任は、男の先生で、ちょっと怖いと評判の先生でした。はっきりとは覚えていませんが、1年生から3年生までは女の先生で、どちらかといえば優しいタイプだったように思います。

それが、4年生になったら、大柄で、怖い顔の男の先生。結構、緊張していたのを思い出します。

実際は、確かに厳しい面もありますが、とても素敵な先生でした。

そして、その先生のおかげで、今の私があるといってもいいのではないかとも思っています。

というのは、その先生は、毎日、漢字と計算ドリル、日記を書かせて、提出させていたのです。確か、強制ではなかったと思いますが、先生から勧められたことですから、全員提出していました。もちろん、私もです。

毎朝教室につくと、所定の場所に、それぞれのノートを開いて提出します。そして、帰りまでには、先生がコメントを書いて返してくれるのです。

それがどうして今の私をつくったのか。

まず、漢字。毎日、毎日100字ずつ書きました。同じ言葉を3回ずつ。毎日。提出しますから、いい加減にはかけません。

これのおかげで、字がきれいになりました。もちろん、漢字も覚えたと思います。

次に、計算ドリル。ドリルのページだったか、章だったか忘れましたが、ある分量を、毎日、毎日、繰り返しやって、提出しました。単純な計算などで、難しいものではありませんでしたが、今思えば、毎日やることで、頭が鍛えられたと思います。

中学のとき数学が得意だったのは、このベースがあったからといってもいいかもしれません。

そして日記。これも毎日、毎日、とにかく書きました。内容はどんなものでも構わないし、量も適当です。たくさん書ける日はたくさん書くし、あまり書くことがない日は、数行でも構わない。でも、毎日書く。

書いて提出すると、先生がコメントを書いてくれて、それが励みになっていました。[E:happy01]

こうやって毎日ブログを書けるのも、元はといえば、このときの習慣づけがベースにあったのかもしれません。少なくとも、文章を書くことに抵抗はありませんでしたから。

で、思ったんです。

小学生のときに習慣づけられた「漢字の書き取り」「計算ドリル」「日記」は、確実に私のベースをつくっていると。

毎日、毎日、コツコツと積み重ねること。そういう習慣もここで培われたと思います。もっとも、大人になるにつれて、いい加減さとか手抜きも覚えてしまいましたが。。。[E:sad]

すごいのは、漢字もドリルも日記も、嫌々やってた訳じゃないんです。先生が毎日コメントを書いてくれて、時々褒められるのがうれしくて、何とか褒めてもらおうとがんばっていました。[E:happy01]

本当に自主的にやっていたのかといわれればそうではありませんが、それでも、楽しみながら、毎日毎日やり続けていました。

そういう雰囲気を作り出した先生もすごいなと思います。

ゆとり教育でも、そうじゃなくても、どちらでも構いませんが、習慣づけは大切ですね。特に低学年の場合は。

先生が話しているときに立ち歩くとかおしゃべりするとか、そんなの許してちゃダメです。当たり前ですが。

でも、その当たり前が当たり前じゃなくなっているケースもあるらしいですからね。

考えれば考えるほど、小学校教育(その前も後もですが)は大切だなと思います。

先生って、大きな影響があるんですよね。

心して取り組まないといかんですね。[E:confident]

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