足るを知るということ

毎年この時期になると思うことがあります。

それは、浮世離れしたプロ野球選手の契約更改の話。

で、何を思うのかというと、

「これだけもらってるのに、そこまで文句いうの?」

ということ。

もっとも、報道されているのはほんの一部のことであって、何が妥当なのかは分かりません。ひょっとしたら、文句を言っている選手の方に分があることもあるでしょう。ただ、見ていて、余りいい気がしないことも事実です。

たとえば、今年16勝したある選手が、3億円から5千万円アップの3億5千万円を不服としているといいます。

どうして不服なのか、本当のところは分かりません。他の選手との比較とか、これまでの経緯とか、球団とのやりとりとか、いろいろあるのでしょうから、何が妥当なのかは分かりません。

ただ、この世の中、どんなことでも、どこかに不満が残るものだと思うのです。本当に、完璧に満足できることなんて、人生の中でそれほどあるものではないと思うのです。特に、人から評価されるということについては、恐らく言い出したらきりがないのではないかと思います。

現状で、3億円の年俸をもらっていて、そこから5千万円のアップ!!

あえて、!を2つつけましたが、考え方によっては、ものすごい大幅なアップです。アップ額だけを見てもそうですが、割合からいっても16~17%のアップですからね。しかも、元が3億円!!

会社の売上じゃありません。個人の給料です。

プロ野球選手という特殊な環境ではあると思いますが、それを差し引いたとしても、それなりに満足してもいいのではないかなと思います。もうここまできたら、その年の成績によって大幅に年俸が上がることを求めるのは「どうなのかな?」と外野としては思います。もちろん、25勝したとかいうのなら別ですが。。。

さて、なぜ、プロ野球の選手が、それだけの年俸をもらえるのか。

もちろん、素晴らしい素質を持ち、過酷なトレーニングをして、節制して、いい成績を残し、球団に貢献し、、、とにかく野球選手として結果を残したということもあるでしょう。

でも、それもこれも、プロ野球という世界があってのこと。球団があるから、お金をもらって野球ができる。

球団が存続できるのは、少ない月給の中から入場料を払って野球を見に来てくれる、熱心な多くのファンがいるから。

そういうファンがいるというのは、この世の中が平和で、豊かで、恵まれているから。

あるいは野球なんかまったく興味がない人が、経済界で活躍し、この世の中を支えているからかもしれません。

好きな野球をやって、サラリーマンの生涯賃金並みの年俸を1年でもらえるということは、それだけで十分恵まれていることだと思いますし、満足するべきことではないかと思います。

それは、他でもない自分がハッピーになるためです。

「評価が納得いかない」「給料が安すぎる」「上司の態度が気に入らない」

不満ばかりをいっていては、心がトゲトゲし、苛立ち、楽しくありません。

それだったら、「これだけもらって野球ができるなんて幸せだ」と思った方が、よっぽどハッピーです。

ちなみに、これが、年俸数百万、数千万という選手の話だったら話は違います。

そういう選手は、ハングリーに、どん欲に、ガンガンやればいい。

ただ、年俸3億円ももらっているような選手は、子どもの手本ともなるべきだし、もっといろいろと考えた方がいいと、個人的には思います。

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