部下の自主性

昨日の続きです。

『上司が鬼』で、もう一つ気になるのは、部下の自主性が失われないかということ。

「上司は絶対」という考え方がベースにあるので、部下は、ただいわれた通りにやればいいということにもなりかねません。また、上司の間違いを、部下は指摘できなくなります。意見もいえなくなります。

これでは、部下の力を十二分に活かしていることにはなりません。

大切なのは、部下の成長に合わせて、やり方を変えていくことだと思います。最初は、社会人としての常識を植え付けるために、厳しくすることも必要。それができてきたら、徐々に一人前と認めてやる。

ある程度まで成長すれば、褒める部分も増えてくるでしょう。叱る割合と褒める割合も変わってくると思います。

ただ、たいていの場合、上司から見ると、いつまでたっても部下は部下。どこまで成長しても、部下は部下。

結局、よい点を褒めるよりも、ダメな点を叱ることが多いようです。

しかしながら、それをやり続けていると、結局、いわれたことをやるだけの社員になってしまいます。あるいは、上司や社長の顔色を伺いながら、ご機嫌をとるように仕事をするようになってしまいます。

もちろん、ある程度は、それも大切なことです。ただ、何事もそうですが、行き過ぎると問題です。場合によっては、失敗が上司に報告されなくなったり、隠蔽されたり、不正が起こったり、大きな問題になるまで気がつかないなどということが起こりかねません。

どこでラインを引くのかは難しいでしょうが、上に立つ者として、部下や社員を認めることが大切だと思います。意識して認めようとしないと、いつまでたっても部下を認めることはできません。

なぜなら、成長すれば成長するほど、部下への期待値も高くなるからです。かつてなら満足していたレベルでも、どうしても、もっともっと・・・と、より高いレベルを求めてしまいます。

また、部下が成長するのと同じように、自分も成長しているので、いつまでたってもダメなように見えてしまうということもあります。

「お前は、まだまだ」

たとえ、心からそう思っていても、あるレベルに到達した部下は認める必要があります。認めてもよい点は、きちんと認めることが大切です。そうしないと、部下の自覚が芽生えません。

自覚が芽生えなければ、一人前にもなりません。

本当に、自分の右腕になって欲しければ、あるタイミングで、認めてやることが必要でしょう。たとえ、まだ一人前の手前で、あと一段階段を上がる必要があったとしてもです。

そんな部下は、認めてやれば、自分の力でその一段を上がっていきます。そして、本当の一人前になっていくはずです。

やはり、自分の力で一段上がることが、とても大切です。時間がかかるかも知れませんし、じれったいかも知れませんが、見守ることも上司の役目。

叱り続ければ、自力で成長する機会を奪い取ることになります。結局、部下の成長を妨げることにもなるのです。

認めるタイミングを見逃さないこと。

難しいですけどね。

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