人を育てるということ

人を育てるという仕事は、とても楽しい仕事です。子育てはもちろん、小学校や中学校の教育もそうです。また、企業内で社員を育てることも、とても楽しい仕事です。

しかしながら、楽しいと同時に、とても難しい仕事でもあります。

育てる側が考えるようには、なかなか育ってくれないからです。それさえなければ、こんなに楽しい仕事はありません。でも、残念ながら、相手は自分の思うようにはなってくれません。だから、イライラします。でも、それを楽しいと思えるぐらいでなければ、人を育てることを仕事にすることはできないでしょう。

時々、教えることに酔っている人がいます。相手のためになるであろういい話を、気持ちよく話して、それで満足している人です。

でも、残念ながら、それは単なる自己満足でしかありません。

いくら素晴らしい話であっても、相手の心に届かなければ何も意味がありません。また、その後、受け手の行動が変わらなければ何もなりません。

コミュニケーションは、発するだけではなく、受け止められて初めて成立します。教えることでいえば、相手が受け入れて初めて教えたことになるのです。

もちろん、受け手の意識の問題もあります。いくら有益な内容の話をしても、聞こうという意識がなければ、意味がありません。しかしながら私は、このことでさえも、伝える側の問題として捉えられるようでなければ、人を育てる者としては失格だと思います。

単に、自分のいいたいことをいうだけなら誰にでもできます。

それを、相手がきちんと受け止めていないと文句を言うのも誰にでもできます。

相手のせいにしているうちは、いつまでたっても人を育てることはできません。

人を育てるということは、相手のペースに合わせて、いかに伝えていくかが大切です。相手が何を欲しているかを察知し、相手が受け入れやすいように伝える。そこがポイントです。

また、相手の視野を広げて、吸収したくなるような環境をつくることも大切です。

無理矢理コントロールするのではなく、自然に相手が興味を持ち、学んでいきたいと思うような状況にすることが大切です。

もちろん、そんなことは、簡単にできることではありません。そのためには、多少の仕掛けが必要です。

でも、何が一番必要かといえば、その人の成長を素直に願う心。

その人が、その人らしく、その人の良さを発揮できるように、その人が幸せに生きていかれるように、その人の成長を願う心を持つことです。

決して、会社のためとか、上司のためとか、社長のために成長してもらうのではありません。

結果としては、そういうことにもなるでしょうが、そんな気持ちが強くなれば、相手に見透かされます。

きれいごとのようでもありますが、そのきれいごとをやりきることが人の成長につながり、組織を強くします。

本当に、その人のために成長を願えるかどうか。

きれいごとをやりきる勇気を持てるかどうか。

自分の思い通りに行かなくても我慢することができるかどうか。

育てる側の人間力が問われていると思います。

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