罪を憎んで人を憎まず

コンサルタントという職種は、ある意味では疑い深い職種です。

人と話をしていても、「この人のいってることは真実なのか?」ということを、常に考えます。

でも、これは、相手を疑っているわけではありません。中には、意図的に嘘をつく人もいるかも知れませんが、たいていの場合は、そうではありません。本人は事実を話しているつもりでも、正確に言い表すことができず、言葉足らずなために、事実がそのまま伝わらないのです。

また、その人の認識が違う場合もあります。

たとえば、「コップに半分水が入っている」という事実があるとします。

これを見て、ある人は、「あんまり水が入っていなかった」といい、ある人は、「まだ水はたっぷり入ってるよ」という。

同じ事実を見ても、認識には違いがあるのです。

また、「誰それがこういっていた」という話を聞く場合には、上の2つが重なってくるので、話はもっとややこしくなります。

そんなこんなで、相手に悪気がないとしても、相手が事実を語っているとは限りません。そこで、私たちコンサルタントは、客観的な事実を把握するために、疑い深くなるというか、言葉を鵜呑みにしないというか、刑事じゃありませんが証拠がないと信じないというか、そんな面が出てくるのです。

さて、どうしてこんなことを書いたのかというと、日々の業務のレベルアップを図るためには、ある意味では「本当にできているのか?」というような疑ってかかる姿勢が重要だと思うからです。

「これで完璧」と思ってしまったら、進歩がないのは当然です。そこまでいかなくても、「まあ、これでいいかな」と安心してしまうのも人間の常です。それでも進歩は止まります。ですから、そうならないよう、慢心しないように、常に「本当にこれでいいのか?」「本当にできているのか?」と疑ってかかる姿勢が必要です。

しかし。

これを、人に向けると、あまりよくありません。

たとえば、何かができていないという事実があるとします。

それは、○山のせいだ。

そうしてしまうと、悪いのは○山さんということになり、ある意味では問題は解決です。原因が判明しているのですから、あとは○山さんに頑張ってもらえばいい。

でも、現実的にはそれはうまくいきません。

なぜなら、○山さんが、できていないのにも理由があるからです。そして、その理由は、○山さんの問題ではなく、会社の問題、上司の問題、その他の問題だったりするのです。

たとえば、○山さんが努力を怠っていて、誰にでもできるようなことが全然できないというのなら、責任のうちの多くは○山さんにありそうです。○山さんに、「誰にでもできること何だから、しっかり努力しろ」といえば、問題は解決しそうです。

ところが、それでは問題が解決しないことも多いのです。なぜなら、○山さんが努力を怠っているのはなぜかを追求すると、○山さん以外に原因があることが多いからです。

結局、何かができていないというのは、特定の個人のせいではなく、会社全体の仕組み、業務の進め方など、会社全体のどこかに原因が潜んでいるのです。

そのことを社長にいうと、時々怒り出す方がいます。

「うちはちゃんとできてるよ!」

どうやら、私が「社長が悪い」といっていると解釈されたようなのですが、そうではありません。

一体どこに、自分の会社を悪くしようとする社長がいるのでしょうか?

どこの社長だって、よかれと思っていろいろなことをしているのです。

でも、社長も人間です。やることなすこと、すべてがパーフェクトということはあり得ません。多くの人間によって構成されている組織では、予想外の展開があって、当初の想定とは狂いが生じるものです。

その狂いを見つけやすいのは、我々コンサルタントです。内部の人間よりも、外部の人間の方が、全体を捉えやすく、客観的に判断しやすいのです。ですから、狂いを見つけることができるのです。

私は、その狂いを一緒に修正していきましょうといっているだけです。

誰が悪いわけではない。

犯人を捜しても仕方がないのです。

「罪を憎んで人を憎まず」

そんな言葉があったと思いますが、ときには、そのような精神が必要だと思います。

そうすれば、クレームが埋もれることもなく、スムーズに処理されるようになるでしょう。

組織内の問題が隠蔽されることなく、解決されるようになるでしょう。

そして、みんなで助け合って、一致団結、一丸となって目標に邁進する組織になれると思います!

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