「守破離」に潜む危険性

私が一番最初にこの言葉を聞いたのは、前職のコンサルティング会社のときだと思います。

転職したばかりの頃。

正直いって疑問がいっぱいでした。

たとえば、「文章を書くとき、パソコンは使うな」

これは、ちょっと極端な表現なんですが、ものを考えるときは、パソコンを使わずに考えなさい、といわれました。パソコンを使うのは、文書としてまとめる段階、つまり清書する段階になってから。そして、パソコンで文書化するのは自分じゃなくて、アシスタントとか他の人に任せろ、と。

今は、それがなぜか理解できるし、何かを考えるときには、パソコンを使わない方が考えやすいと思っています。でも、当時は、パソコンを使わないと文章が書けませんでした。とりあえず適当に入力し始めて、だんだんと挿入、削除、コピー&ペーストを駆使して、きれいにまとめていく、というやり方をしていたからです。

ですから、「パソコンは使うな」といわれて困りました。

それでも、最初はいわれたとおり従ってやりました。でも、なかなかうまくいきません。そこで、先輩に聞いてみたんです。

「パソコンを使っちゃダメですか?」

結論は「ダメ」だったんですが、そのときのやりとりの中で出てきたのが「守破離」でした。

まずは、教えられたとおりやってみる(守)。
それが完全に自分のものになってから、自分独自の工夫をしてみる(破)。
最後に、自分なりのオリジナリティを確立していく(離)。

これは、確かにその通りだと思います。

先達にならって、まずは教えられたとおりやっていくということは、とても大切だと思います。

しかし!

昨日の真似ることにも共通するんですが、教えられたことをひたすらやるということについては、その後の発展性が失われるという危険性もあるのです。

どうしてそうなるのかというと、「教えられた通りやる」ことに意識が行き過ぎて、「自分で考える」という意識がなくなるからです。

自分で勝手に工夫していこうという人はいいんです。

「どうしてこんなやり方をするのか?」などと、文句を言ってくる人はいいんです。
(文句を言うことそのものはよくありませんが、自分で考えるという意味ではいいという意味です)

問題なのは、従順な人。

従順なことは、とても素晴らしいこともありますが、自分で工夫せず、とにかくいわれたとおりやるだけで終わるという危険性もあるのです。

もっとも、指導する側にとっては、従順な人は模範生で、自分勝手にやる人の方が問題ですね。

勝手なことをやって、失敗する人。

いわれたとおりやらないで失敗する人。

指導する側としては、非常に手を焼きます。

でも、先ほどの従順な人も、場合によっては、自分で創意工夫ができなくて、あとになって手を焼くことになる可能性もあります。そして、こちらの方が、脱却するのが難しく、時間がかかったりもするのです。

では、「いわれた通りやらず勝手なことをする人」「従順だけど創意工夫ができない人」に対して、それぞれどうしたらいいか。

どうしたらいいんでしょうね?

これは、個人の性格、特質によって変わると思うので、こうすればOKという方法はないでしょう。

でも、基本的なこと、方向性みたいなものはあると思います。

それは、またそのうちに。。。

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