本当の本気
日本語として、ちょっとおかしいですよね。
本当の本気って。
そもそも本気というのは、本当にそう思うこと、本当の気持ちということです。ですから、本当の本気というのは、「頭痛が痛い」などと同様におかしな表現です。
でも、世の中には、本人は本気でやっていると思っているけど、端から見ると本気には見えないということがあります。
実は、今あるところでやっている幹部社員研修。
皆さん一生懸命、熱心に、まじめに取り組んでいるとは思います。ただ、残念ながら本気には見えないんです。一生懸命やっているけど、何かが足りない。。。[E:despair]
幹部社員としてどうあるべきか。
話を聞いていると、自覚はあるように思います。もっと自分を高めなければならないという意識もあると思います。
でも、魂が入っていないというんでしょうか。
何かが足りないんです。[E:sad]
やっかいなのは、実は、本人たちは、まじめに、真剣に取り組んでいることです。なぜそれがやっかいかといえば、それにもかかわらず本気に見えず、何かが足りないからです。
これがもし、いい加減にやっていてこういう状態なら何も問題はありません。正確に言えば、問題がない訳じゃありませんが、いくらでも対処の仕方があります。そして、本人が真剣にやればいいだけの話です。
でも、今回のケースは違うんです。
たぶん、これは部下の指導などでも一番やっかいなケースです。
本人は、まじめに、真剣に取り組んでいる。でも、足りない。
本人がまじめに、真剣に取り組んでいる以上、現在以上の状態に持っていくのは難しいのです。
本人は、一生懸命、本気でやっているつもりでいるのですから、それ以上本気でやれといわれてもやれる訳がありません。
本当の本気と、本人が思いこんでいる本気には大きな違いがあります。
何かを成し遂げるか、中途半端に終わるかの分かれ目だともいえます。もちろん、ことによっては、本当の本気でも成し遂げられないこともありますが。。。
この分かれ目をうまくを越えられるかどうかは、結局、本人次第です。ある程度は、第三者がお手伝いすることもできますが、ひょっとすると、その本気は別の方向に向かってしまうこともあります。
会社のためにやらなければいけないという責任感。あるいは使命感。
とても大事なことですが、それが、会社から与えられた役割だからとか、社長から期待されているからとか、そういうレベルであれば、たぶん、本当の本気にはならないでしょう。
同じ使命感でも、
「会社のためにやらなければいけない」
という使命感と、
「俺が(会社のために)やるんだ」
という使命感は違います。
じゃあ、そうなるためにはどうしたらいいか?
頭で考えるのではなく、心で感じること。心に問いかけること。
これが大事だと思います。
「なんなんだそれは」といわれそうですが、理屈でどうにかなることではないので、そういうものだとしかいえません(少なくとも今の私には)。
極論してしまうと、これはその人の生き方を決めるというか、人格を高めるというか、精神修養するというか、そういうところにもつながっていきます。
それだけ難しいことだということです。
精進するしかありません。
なんだか大げさな話になってきましたが。。。
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