自分のために頑張る

世のため人のため。

自分のことばかりを考えるのではなく、世のため、人のためになることを行いなさい。

小さい頃から、そんなことを教えられます。

確かに、それは間違いではありません。大切なことだと思います。何をするにも、忘れてはならないことだとも思います。

でも、それでいいのか。

私には、疑問があるのです。

その疑問とは、人が本当の力を発揮するのは、世のため人のために何かをしているときではないのではないか、ということです。

私が思うには、人が本当の力を発揮するのは、自分のために何かをしているときです。誰かのためにやっていると思っているうちは、ある種のやらされ感があるように思います。やらされ感があるうちは、やはり本物ではないと思うのです。

よく、世界のトップ・アスリートがいいます。

「楽しんでプレーしたいと思います」
「まず、自分が楽しみたいと思います」

最初、この言葉を聞いたとき、厳しい戦いの中で、「楽しむ」とは何事か!というような感情がありました。第三者がとやかくいうことではないのですが、もっと真剣に取り組むべきではないのか。そう思ったのです。

でも、よくよく考えてみると、本人たちが真剣にやっていないわけがありません。

日々のハードな練習をこなしているのは、アスリート自身。

私のような凡人にはわからない、厳しいトレーニングを積んでいるわけです。その厳しいトレーニングの成果が試される試合なのですから、真剣に取り組まないわけがありません。

彼らは、真剣にやることは当たり前だけれども、自分が楽しむことを意識することが大切だといっているのだと思います。

そんなことを書きながら思い出すのは、日本人が大舞台に弱い(かった?)ということ。

かつては、メダルを期待されていながら、本番で力を発揮できずに終わってしまった選手がたくさんいました。一番悔しいのは選手自身なのに、マスコミなどからも攻められて、よけい辛かったでしょう。

ところが、最近は、そういうことが少なくなりました。

期待通りの力を発揮して、いえ、期待以上の力を発揮してメダルを取る選手が増えてきたのです。

その理由の一つは、メンタル・トレーニングでしょう。それと、「楽しみたい」という選手の言葉には、関連があるのではないかと思うのです。

私なりの解釈では、プレッシャーに負けずに、自分の力を最大限に発揮するためには、自分の感情を大切にする必要があるのだと思います。人がどう感じるかよりも、自分がどう感じるかを意識した方がいい、ということなのだと思います。

だからこそ、辛いトレーニングにも耐えられる。

世のため、人のためでは、恐らく辛いトレーニングに耐えられないでしょう。

もっとも、一般の社会人が、トップ・アスリートが経験するような、厳しいトレーニングを行うわけではありません。また、世界のトップを競う場面があるわけでもありません。

でも、辛いことやプレッシャーを感じる場面に遭遇することは同様です。何かの壁にぶつかることも同じでしょう。

その壁を乗り越えるためには、「自分のため」という思いが大切だと思います。

これは、自分勝手に振る舞うとか、自己中心的になることとは違います。

利他主義でありながらも、自分のため。

矛盾しているようでもありますが、大切なことではないでしょうか。

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