本当の学びは、自分で動かなければ得られない

人生は、一生勉強である。

誰か、偉い人がいってましたでしょうか?

いっているかいないかは知りませんし、別にどうでもいいんですが、やっぱり一生勉強ですね。

もっとも、一生学び続け、成長し続ける人と、若いうちからストップしてしまう人がいるようにも思います。

どうしてそうなるかといえば、当然、本人の意識の違いです。心のあり方、意識の持ち方次第で、何をしていても、どんな状況でも学べることはあると思います。一方、その反対に、何をしても、どんなことからも学べない人もいるでしょう。

今日の話は、まったく学ぼうとしない人は関係ありません。いろいろと学ぼうと思っている人のことについて書こうと思います。

私の仕事は、ひと言でいえば、組織力を高めることです。そのために、いろいろな会社、場所で、研修講師をやらせて頂いています。

研修会には、本当に熱心な人と、そこそこ積極的な人、とりあえずいるだけの人、いかにもやりたくなさそうな人、、、いろいろな人がいます。

講師としては、一つは「とりあえずいるだけの人」や「いかにもやりたくなさそうな人」のやる気を引き出して、熱心に学ぼうという姿勢にすることが求められます。そして研修終了後には、何か学んで返ってもらう。

実は、これは、割合簡単です。

どこにもやる気のなさそうな人はいますので、その対処法は分かっているからです。

難しいのは、「本当に熱心な人」や「そこそこ積極的な人」に、本当に学んでもらうことです。

と書くと、誤解を招きそうですが、これらやる気のある人たちは、熱心に学んでいます。メモも一生懸命とるし、話もきちんと聞くし、ワークをやれば熱心に参加します。それだけまじめにやれば、学べないわけがありません。

ですから、このやる気のある人たちも、学んではいるのです。

ただ、最近思うのは、人にいわれて気付くとか、ワークに参加して気付くという気づきは、それほど大したことがないなということです。本人はいい勉強をしていると思っているでしょうし、ある意味では実際そうなのですが、これらの気づきは、所詮は与えられたものなのです。

確かに、気づきというのは、当人が気付こうとしなければ気付きません。その気がない人には、いくら何かを与えようとしても与えられません。ですから、研修などで気づきを得られるのは、ある程度感度の高い人だけなのかもしれません。そう考えれば、それは素晴らしいことです。

でも、それはやはり与えられたものでしかなく、気付きの価値としてはあまり高いとはいえません。

本当に大切な気付きは、自分で何か能動的に行動して、経験して、そこで得られるものです。

研修に参加して気付くなんていうのは、大したことはありません。

たとえば、営業の成績が悪く悩んでいる営業担当者がいたとします。

どうやったら営業がうまくできるか分からない・・・

悩んで、「売上倍増!スーパー営業マン育成講座」に参加します。

「おお、そうだったのか!」

そこで自分の営業の悪い点に気付き、どうすればいいかに気付く。

そして、ある程度営業のコツをつかんで、成績を上げられるようになる。

めでたし、めでたし。

一方、そのような講座にも参加せず、上司や先輩にアドバイスも求めず、ただひたすらどうしたら営業がうまくいくのかを考え続けた人がいるとします。

当然、効率は悪いでしょう。気付くまでに時間がかかるでしょう。労力もかかります。回り道もするでしょう。なかなか打開策も見つからないし、トンネルに入ったまま出口がどこにあるのか皆目見当もつかない。このまま進んでいくことで本当にいいのかも分からない。ある意味では、無駄な時間が過ぎていきます。

そんなとき、ある1冊の本に出会って、何がいけなかったのか、どうするべきだったのかに、はっと気付く。

たぶん、その気付きは一生ものの価値があります。

確かに、1冊の本を読むということは、ある意味では人から与えられていることです。それでも、その本を自分から探しに行っているという意味では、同じ与えられたものでも全然意味が違います。

そういう意味でいえば、人から勧められた研修・講座・セミナーに参加することと、自分が知りたいこと、学びたいことがあって、それにふさわしい研修・講座・セミナーを見つけて受講することは、まったく違います。

よくスポンジに例えられますが、前者はスポンジもあまり乾いていない状態、後者は、スポンジがカラッカラに乾いている状態。吸収力は、全然違うのです。

一番大きな違いは、自分で目指すべき姿を描いているか、あるいは描こうとしているかどうかの違いだと思います。

人から教えを得るということは、目指すべき姿を与えられていることになります。この方が断然楽ですし、手っ取り早い。ですから、あるレベルまでは、この方が順調に成長するでしょう。

しかしながら、あるレベル以上はそうはいきません。

自分自身で、どのような姿を目指すべきなのか暗中模索し、悩み、自分で作り上げていくことが重要です。そうしないと、本物にはなれません。実は、そのプロセスそのものが、目指すべき姿に一歩近づけているともいえるからです。

途中からテーマが重くなってしまった感じですが、本当に何かを学ぼうというのなら、何を学ぶべきなのかを自分で模索し、その情報がどこにあるのかを自分で探すべきです。

その上で、研修とか、セミナーに参加するのなら、とても有益なものになるでしょう。

しかしながら、人から勧められて参加するとか、あそこに行けばきっといい勉強になるだろう程度の気持ちなら、どれだけのものが得られるかはたかがしれています。

求めよ、さらば与えられん

これが大事なのかなと思います。

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