水戸黄門を見て考える、リーダーとは何か。

水戸黄門。

誰でも知ってる水戸黄門。

そのはずなのですが、若い人はどうでしょう?よく知らない人もいるのかな?

ある世代までは、水戸黄門といえば、どんなストーリーなのか、どんな登場人物がいるのか、みんな知っています。いつぐらいに印籠が出てくるとか、越後のちりめん問屋が何なのかとか、弥七が何者なのかとか。説明しなくても、誰でも知ってるお化け番組です。

その水戸黄門を久しぶりに見たのです。BS-TBSで再放送をやっていたものですから。

いやあ、懐かしい。父親が時代劇好きだったので、つきあわされて結構見ていたんです。ストーリーにはいくつかのパターンがあるので、最初の5分を見れば最後までのストーリーが確実に当てられるようになるぐらい、たっぷりと見ていました。

そんな懐かしいドラマを見ながら、ふと思いました。メンバーから慕われるリーダーとはどんな人物なのか、と。

水戸黄門は、先の副将軍で、とてもとても偉い人。印籠を見せれば、みんなが頭を下げて控えてしまう。悪代官も黙ってしまう絶対的な権力もある。各地の殿様だってある意味では言いなりです。

でも、一緒に世直し旅をしている助さん、格さん。風車の弥七にうっかり八兵衛。権力があるから従っているとは思えません。一緒に旅をしていて、水戸黄門のいうことをきくといえばききますが、時に逆らうし、ちょっと喧嘩もするし、からかったりもします。仲良しグループが旅をしているという雰囲気でもあります。

でも、いざというときは、「ご隠居」とか「ご老公様」とか、水戸黄門を立てて、指示を仰ぎ、一つにまとまって悪を退治するのです。

ではどうして、みんなは水戸黄門を立て、従っているのでしょうか?

一つは、世の中の悪を退治するという、いいことをしているからでしょう。水戸黄門が、いいこと、自分も共感出来るようないいことをやろうとしているので、だったら自分も一緒にやろうと協力しているのです。

それから、ちょっと愛敬のある人間性。

各地の悪を退治し、世直しをしている、とても立派なことをしている水戸黄門です。人格も、さぞかし立派なのかといえば、これが結構短気だったり、頑固だったり、とても人間的なのです。

ちょっと年寄り扱いすると、「誰が年寄りですか!こんな道ぐらい歩けます!」とムキになって歩き出します。

ちょっと助さんと口論になると、いつまでもこだわって、「悪いのは助さんです。放っておけばいいんです」と頑固に仲直りを拒みます。

時には、食いしん坊の八兵衛をからかったりもします。

まあ、至って普通の、愛敬のあるご隠居さんなのです。

これがもし、喧嘩もしない、短気でもない、人をからかったりしない聖人君子だとしたら、ついて行きたくなるでしょうか?

たぶん、この愛敬のあるキャラだからこそついていこうと思うんです。

そしてもう一つ大事なこと。

水戸黄門が権力を使うのは、悪を倒す時だけ。旅の一行に対しても、町の庶民に対しても、決して偉ぶったりしません。

もちろん、「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」とか、「弥七、○○について探ってみてくれませんか」と指示、命令もあります。でも、基本はフラットで、偉そうにはしません。

決して相手を見下したりしない。だから、周りのメンバーもついていくんだと思います。

これらのポイントは、リーダーにとってとても重要なことだと思います。

1.メンバーが共感する「いいこと」をしている
2.人間味のあるキャラ
3.権力があるのに使わない

まずは、みんなが一緒にやりたくなるような、協力したくなるような「いいこと」をしているってこと。

誰かのためになること、世の中のためになること、単なる仕事を越えた何か。

そういう価値のあることに、真剣に取り組む姿を見るからこそ、自分も一緒にやろう、ついて行こうと思うのでしょう。単なる仕事をイヤイヤやっているリーダーだったら、決して進んでついて行こうとは思いません。

価値あることに真剣に取り組む姿を尊敬するからこそ、ついて行こうと思うのです。

かといって、自分とは距離のある、遠い存在だとしても、ついて行こうとは思いません。尊敬できる存在であると同時に、自分も仲間の一人だと思えるような親近感が持てることも大切です。

リーダーが完璧である必要はありません。むしろ、自分と同じだと思えるような、何か一つ抜けたところがあるぐらいでちょうどいいのです。

そして、自分を対等に扱ってくれる。一人の人間として認めてくれる。権力で強引に動かそうとせず、こちらの意思も尊重してくれる。自分を認めてくれるからこそ、相手を認める。

リーダーが権力を使わなくても、リーダーに従おうとするのは、自分を一人の人間として大切に扱ってくれるから。自分を大切にしてくれるリーダーだから、そんなリーダーを大切に思い、従おうと思うのです。リーダーに強制されなくても、従おうとするのです。

「でも、水戸黄門には絶対的な権力があるからできるんだよね」

そう考える人もいらっしゃるかもしれませんね。

でも、私は違うと思います。

悪代官は権力にひれ伏すかもしれません。逆の言い方をすれば、権力がないと従わないかもしれません。

でも、旅の一行は権力では集まりません。集まったとしても長続きはしません。

仲間をまとめていくのには、権力よりもリーダーシップです。

真のリーダーは、権力があるからリーダーシップを発揮できるのではなく、リーダーシップがあるから、あとから権力がついてくるのです。

そういう意味でいえば、ある日突然誰かがリーダーになるわけではありません。日々の積み重ねがあって、リーダーとして選ばれる。それだけの実績(日々の積み重ね)があるから、リーダーに選ばれる。みんなが尊敬するようになり、ついて行こうと思うようになる。

権力を持ったからリーダーになるのではなく、自分の力で、自分の行動で、リーダーとしての基盤をつくり、それが権力になっていくのです。

自分で積み重ねていくしかない。自分で何とかするしかないのです。

でも、逆にいえば、そうすれば自分が主導権を握れる。リーダーになれるのです。

自分さえその気になれば。

時間がかかるかもしれませんが、やればできる!

自分さえその気になれば。

どうせ、何かを成し遂げようと思ったら時間がかかるんですから。

いっちょ、やってやろうじゃないですか!!