仰木監督じゃなくても、イチローはイチローになれたのか

先日引退を発表したイチロー選手。

本名は「鈴木一朗」ですが、誰もが「イチロー」と呼びます。「イチロー」の本名を知っている人も多いとは思いますが、「え?そうだったの?」と知らない人も結構いるのではないでしょうか。その「イチロー」を生み出したのは、当時オリックスの監督だった仰木彬監督です。

イチローがとんでもない成績を残したこともあって、イチローフィーバー(古い!)が起こります。

マーケティング的な視点でいえば、イチローを作り上げたのは仰木監督だったといえるでしょう。本名の「鈴木」で選手登録をするよりも、はるかにインパクトが大きいですし、当時の特徴ある振り子打法との相乗効果で、名前が売れました。

その後、数々の偉大な記録を作り出しますが、その記録をさらにインパクトの強いものにしているのは「イチロー」という名前のような気がします。「一朗」は完全に日本人の名前ですが、「イチロー」だと少しイメージが違います。アメリカ人でも、イギリス人でもありませんが、純粋な日本人というイメージでもありません。そのイメージも、伝説を創り出すことに一役買っていると思います。

そういった意味では、仰木監督がイチローをつくったといえます。

しかしながら、当然のこととして、選手としての力量、実績が付いてこなければ、ちょっと変わった登録名の選手というだけで終わってしまいます。世界のイチローになれたのは、間違いなく、選手としての実力が抜きん出ていたからです。それは、もちろん本人の力によるものです。元々持っていた才能、それを磨き続けた努力、日々の取り組み姿勢など、本人の力で、偉大な選手になっていったわけです。

ただ、本人の力だけで、世界のイチローが生まれたかというと、やはり、そうではないように思います。

若かりし頃のイチローを見て、多くの人がその才能を認めていたようです。ただ、その才能を伸ばすために、フォームなどを修正しようとする先輩と、本人の思い通りにやらせる先輩と2通りのタイプがいました。どちらがいいのかは、ケース・バイ・ケースです。でも、イチローのような本当に偉大な選手になると、下手に修正しない方がいいようです。野茂英雄投手も同じですね。

で、修正しなかったのが、当時の仰木監督でした。フォームも修正しないし、本人のやりたい通りにやらせる。そして試合に使う。そのことによって、イチローが活躍できる場が与えられたのです。いくらイチローに偉大な選手になる素質があったとしても、その力を発揮できる場がなければ、宝の持ち腐れ。イチローが世界のイチローになるためには、その才能をフルに引き延ばして、フルに発揮できる場を与える人間が必要なのです。

それを考えると、当時の仰木監督の存在は、とてつもなく大きかったのではないでしょうか。

仰木監督は、野茂英雄のよき理解者でもありました。野茂英雄は、いうまでもなく、メジャーリーグで活躍する日本人選手の草分け的存在で、道を切り開いたパイオニアです。あの独特のトルネード投法についても、矯正しようとする声が多かったと思われますが、まったくいじらず、調整法も本人に任せたといいます。我が道を行くタイプに見える野茂英雄も、仰木監督を胴上げするために頑張ろうと思っていたと言います。

イチローと野茂という、2つの大きな才能、2人のレジェンドから、尊敬され、信頼されている仰木監督は、人を生かす天才なのかもしれません。

イチローも野茂も、別の監督あるいはコーチとの確執があったようです。その監督やコーチしかいなければ、世界のイチロー、世界の野茂は誕生しなかったでしょう。

もちろん、そういう意見の合わない人の存在が、反発心を生み、そこから大きなエネルギーが生まれて、成果を上げるということもあります。反骨心に火が付いて、大きな結果を残すということもあります。ただ、そういうエネルギーだけだと限界があります。それに、周りが認めてくれない人ばかりになると、活躍する場を与えられなくなる可能性があります。

仰木監督は、イチローの選手としての力を認め、最大限に引き出すことができた名監督、名指導者だったと思います。イチローが世界のイチローになれたことには、やはり仰木監督の存在を無視することはできないでしょう。

さて、どうしてこの話を書いてきたのかといえば、人を育てることはどういうことかを考えたかったからです。

イチローの周辺には、打ち方を矯正しようとする指導者がいました。イチローの才能は認めているものの、もっとこうした方がいいと自分の理論、やり方を押しつけようとする指導者がいました。もし、そんな指導者ばかりだったら、ひょっとすると世界のイチローは誕生しなかったかもしれません。

振り子打法の時代のイチローに対してフォームを修正するよう指導することは、ひょっとすると正しいことなのかもしれません。なぜなら、その後イチローは振り子打法ではなくなっています。振り子打法が万能な打ち方、あるいは最高の打ち方なのであれば、それを使い続けるでしょう。それがある時点から変わっているということは、振り子打法にはそれなりの利点があるものの、弱点もあるということです。イチローのフォームを修正しようとしていた指導者も、完全に間違っているわけではなかったともいえます。

でも、ここで重要なのは、フォームの修正が正しいのか、正しくないのかではありません。

重要なのは、本人を信頼し、多少のリスクがあることは承知の上で、すべて本人に任せたということです。そのことによって、指導者に対する信頼感、尊敬の念が生まれ、監督のために頑張ろうという意欲も生まれたわけです。選手と監督の絆を強くすることができたのです。また、自分の責任で、自分のやり方を貫くことによって、選手として自立し、より強い個に成長していったともいえます。

これは、野茂のトルネード投法を修正せず、調整法を任せたことにも当てはまります。

上に立つ人間は、部下や後輩の欠点が目に付きます。これを直したら、もっと良くなるのにと、いろいろと気付きます。そして、通常はあれこれ指導してしまいます。それが100%悪いことだとはいえませんが、このことには弊害もあります。自立心が育たないのです。同時にその人の個性を伸ばせなくなります。

一方、多少の欠点には目をつむり、本人任せでやらせてみると、自立心が育っていきます。うまくいけば、自信になりますし、その人の個性も発揮できます。もちろん、多少の失敗はあるでしょうし、紆余曲折もあるかもしれません。でも、それを経験するのも成長するためには必要なことです。そういうチャンスを与えるということも、上に立つ人間の役目ではないでしょうか。

ということで、イチローがイチローになれたことには、仰木監督の存在は欠かせないというのが私の結論です。

そして、世の指導者たちは、仰木監督に見習うべき点があるということも、強くアピールしておきたいと思います。

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