独裁者と偉大なリーダーは何が違うのか?

保釈中だったカルロス・ゴーンさんが再逮捕されました。再逮捕されなければ会見を開くはずでしたが、それがかなわなくなったため、あらかじめ撮っておいたビデオが公開されました。その中で、「日産にはリーダーシップが必要である。しかし、自分以外にはリーダーシップをとれる人はいない。リーダーシップと独裁は異なるもので、私のしてきたことはリーダーシップを発揮しているということだ」というようなことをいっていました。

他の点はともかく、この点については私もそう思います。リーダーとしてメンバーの意見を聞くことは大切なことですが、だからといって何でもかんでもメンバーの意見を聞いていると、まとまるものもまとまらなくなります。リーダーは、多少の反対があっても、決断しなければならないときがあります。それが傲慢に見えたり、強引に感じられたり、独裁だと思われることもあるでしょう。それでも、決断しなければならないときはあります。

もっといえば、反対が多数であっても、自分の意見を押し通すこともあり得ます。メンバーからすれば、リーダーの横暴にも見えるかもしれません。不満が噴出するかもしれません。それでも、決断すべきときには、決断すべきなのです。反対を押し切ってでも、やり通す必要があるのです。

現実的に、みんなに反対されたけれども、考えを曲げずに押し通して、後から考えるとそれが正しい選択だったということはよくあります。たとえば、セブンイレブンを立ち上げた鈴木敏文さんは、当時、絶対にうまくいかないと反対されたといいます。ヤマト運輸の宅急便も、小倉昌男さんがそのアイデアを出したときは、大反対にあったといいます。どちらも、当時の常識からすれば反対するのが普通のなのかもしれません。でも、今になってみれば、どちらも先見の明があったとされ、生活に欠かせない巨大事業に成長しています。

もっとも、このような成功例ばかりではないでしょう。周囲の反対を押し切ってやってみたものの、失敗に終わったということもあると思います。ですから、リーダーが周囲の反対を押し切って自分の考えを押し通すことが、絶対的に正しいということはありません。

かといって、うまくいった決断は正しいリーダーシップで、失敗した決断は「独裁」ということでもありません。結果がどうであれ、周囲の反対を押し切って自分の考えを押し通すのですから、ある意味ではどちらも独裁です。ただ、うまくいった場合は、その決断があとから称賛され、失敗した場合は批判されるというだけです。

ただ、これは結局、結論が出てからあれこれいっている第三者や評論家と一緒なので、別に気にとめるべきことではないと思います。リーダーは、そのようなリスクを背負って決断を下すわけです。必ず成功するから決断するわけではありません。失敗する可能性があったとしても、それでも決断するのです。

では、独裁と正しいリーダーシップは何が違うのでしょうか?

それは判断の基準がどこにあるかだと思います。

独裁者の判断基準は、すべて自分。

偉大なリーダーの判断基準は、その組織にとって何が正しいのか。

この差は微妙なものかもしれません。あるときは同じ結論になることもあるでしょう。「その組織にとって何が正しいのか」が基準だといっても、それを判断しているのはそのリーダー自身なので、リーダーの個人的見解がリーダーとしての決断に大きく影響していることは間違いありません。

結局、偉大なるリーダーは、無私の心を持っていて、判断にもそれが生かされているのだと思います。とはいっても、リーダーも人間ですから、完全に無私の心を保ち続けることは難しいでしょう。よほどの聖人でない限りは、無私を貫くことは難しいと思います。

最初は、リーダーとしてその組織にとって何が正しいのかを考えて決断していたとしても、だんだんと自分の欲が優先されるようになってしまうものかもしれません。

ゴーンさんの場合も、そうなのかなという気がします。

来日したばかりの頃は、本当に日産を甦らせるために邁進していたように思います。工場などの現場にも頻繁に顔を出していたようですし、セブンイレブンと呼ばれるぐらい朝から晩まで精力的に働いていたといいます。それに単なるコストカットだけでは、日産リバイバルプランは成功しなかったでしょう。

日産リバイバルプランは、テーマごとにクロスファンクショナルチームという部門を横断したチームを作り、そのチームに改革案をまとめさせたといいます。チームのメンバーは比較的若手が抜擢されて、そのメンバーたちが力を発揮したからこそ、日産リバイバルプランは成功したのです。トップダウンで強引にやらせるだけでは、そうそううまくはいきません。

日産リバイバルプランの成功は、「ゴーンさんの功績ではなく、日産に優秀な社員がたくさんいたからだ」という人もいます。確かに、日産に優秀な社員がいたから成功したということは間違いありません。でも、その優秀な社員に力を発揮させたのは、リーダーであるゴーンさんなのです。ですから、日産リバイバルプランの成功は、社員の功績であると同時に、ゴーンさんの功績でもあると考えます。

ですから、その当時のゴーンさんのリーダーシップは正しかったと思いますし、ある時点までは、ゴーンさんは偉大なるリーダーだったのだと思います。

でも、いつの頃からか、それが独裁者に変わってしまったのではないでしょうか。

独裁者になってしまったといっても、すべての決断が間違っていたとは思いません。もちろん、私は部外者ですので想像でしかありませんが、経営者として正しい決断もしていたと思います。ただ、一部については、私利私欲に目がくらんでしまったのではないかと思います。これもまた想像でしかありませんが。

さて、ゴーンさんの件がどうであれ、経営者は常に自問自答する必要がありそうです。つまり、自分の決断は本当に会社のための決断なのか。自分の私利私欲のために、判断基準がぶれていないか。それを冷静に、かつ客観的に見つめ直す必要があるということです。

でも、難しいですね。

人間は誰でも、自分のことを正当化しがちですから。

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