がんばろうニッポン!

オリンピックとか、今春のWBCとか、サッカーのワールドカップとか。

日本の代表が、世界のライバルたちと競い合う場面では、「がんばれニッポン!」という言葉がよく聞かれます。

別に、この言葉にけちをつけるつもりはありませんが、正確にいえば、「がんばれ日本代表の選手たち!」ということであって、ニッポンが頑張るわけではありません。

当たり前ですね。。。

本当は何がいいたいのかというと、「がんばれニッポン!」の裏には、誰かが頑張ってくれるという依存があるような気がするということです。もちろん、私はオリンピックにも、WBCにも、ワールドカップにも出られません。できることといえば応援することぐらいで、結局、「がんばれ!」というしかありません。

でも、何でもかんでも、「がんばれ○○!」では、人まかせすぎるように思います。

「がんばれ○○!」という前に、自分も頑張ることが必要です。

そこで、その気持ちを表すために、「がんばろうニッポン!」と書いてみました。

些細な違いですが、こっちの方が少し、自分が頑張ろうという気持ちが入っているかなと思います。

そんなのどっちでもいい、大差ない。。。

そう思われるかも知れませんが、言葉の微妙なニュアンスというのは、かなり大きな影響を及ぼします。微妙な違い、些細な違いが、いつの間にか大きな違いになることもあるのです。

それで思い出したのが、「日本を変えよう」とか「会社を変えよう」などという言葉。

これらの言葉は、主語をつければ、「私が」○○を変えるということだと思います。でも、その表現を見ると、変わるのは日本や会社であって自分ではありません。

もちろん、「自分が変わるわけではない」とは明言していませんし、「自分たちが、○○を変えるために頑張ろう」という意図が込められていることも確かです。ただ、逆にいえば「自分が変わるのだ」とも明言していませんし、自分たちが主体になるということも明確ではありません。

このような微妙なニュアンスの違いが、それぞれの人に影響します。パッと見た瞬間に感じることが、人に影響を与えます。その結果、何となく人ごとになって、主体的に行動する人が少ないということにもなりかねません。

でも、それではダメです!

一人ひとりが、自覚を持って、主体的に行動しなければなりません。

今、世界中が転換期を迎えています。

特に、日本にとっては、大きな転換期かも知れません。

この転換期を乗り切るのは、総理大臣でもなく、政治家でもなく、経済学者でもなく、アナリストでもなく、大企業の社長でもなく、自分の会社の社長でもなく、、、とにかく誰でもない、自分です。

国民一人ひとりが、何らかの形で転換期を乗り越えていこうという意志を持たなければ、日本という国は変わっていきません。

国そのものには、頭脳もなければ、心も、魂もありません。

国民一人ひとりが、国の心であり、魂であり、頭脳なのだと思います。

一人ひとりは、たった一億数千万分の一かも知れません。

それでも、一人ひとりが自覚を持つことが大切なことだと思います。

そして、私も自覚していきたいと思います。

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