先輩の教え

もう、いつのことか、はっきり覚えてはいませんが、たぶん、まだ就職して2,3年目の頃のことだと思います。

先輩社員と飲みに行って、何かの話から、会社に対する愚痴、ひょっとすると上司に対する愚痴、もしかすると仕事に対する愚痴、、、とにかく何か愚痴を言ってしまったのです。

そのとき、先輩にいわれました。

「何いってんだ、そんなこと。当たり前だろ」

そういわれた私は、もう何もいえませんでした。

その後、いろいろ話をしたと思いますが、先輩からいろいろ説教されていたような気がします。

会社というのはこういうものなんだ。
仕事っていうのはこういうものなんだ。
だから、お前ももっとがんばらなきゃダメなんだ。

たぶん、そんなことをいわれたのだと思います。「たぶん」というのは、実は、何をいわれたのかはっきり覚えていないのです。

記憶に残っているのは、何だかあまり気分の良くない印象だけで、先輩のメッセージは何一つ残っていません。

いけない後輩です。

せっかく、先輩がいろいろアドバイスをしてくれているのに。

でも、実は、これはある意味では仕方のないことなんです。

別に、自分のことを正当化しようとしているわけではありません。ただ、そのときの先輩は、私の心を開かせることができなかった、というか、心を閉ざすようにしてしまったのです。

だから、私の記憶には何も残っていないのです。

実は、しばらくして、同じようなことがありました。

やっぱり、ある先輩社員と飲みに行ったのです。でも、先ほどの先輩とは違う先輩です。

次第にアルコールが回り、やっぱり会社の愚痴になりました。でも、そのときの先輩の対応は違いました。

その先輩は、私が話すのを黙って聞いて一言。

「そうか…確かにそうだよな…」

そういうと、黙ってグラスのビールをクイッとあけました。

私は、ちょっとこの沈黙が怖くなりました。

「また、怒られるのかな」

一瞬、そう思いました。

すると先輩が、

「確かにそうだよな。俺もそうだったよ。そりゃ、イヤだよな」
「でもね。あとになってみると、そういう経験が生きるんだよ」
「まあ、そのときは、分からないんだけどさ。ちょっと我慢してみ」
「もうちょっと我慢してれば、絶対いいことあるから」
「まあ、今日は飲もうぜ」

そういって、私のグラスにビールをついでくれました。

そのあとは、どうでもいい話をして、飲んで、酔っぱらって、ちょっとフラフラしながら家に帰りました。

酔っぱらってフラフラでしたが、ちょっとすがすがしい気持ちでもありました。

最初の先輩と、あとの先輩は何が違うか。

一つは、話をきちんと聞いてくれたかどうか。

ただ耳に入れるという意味での「聞く」ではなく、きちんと受け止めてくれたということ。それだけで、話した側の私の気持ちは全然違います。

でも、もっと重要なのは、私に希望を見せてくれたこと。

最初の先輩は、ただ、現実の厳しさを教えてくれただけでした。

「現実は厳しい。お前は甘いんだ」

こういうことを教えてくれました。でも、それは、ある程度は肌で感じていて、それをいわれても、そのときの不満、怒り、葛藤などは消えて行きませんでした。

一方、あとの先輩は、現実の厳しさに加えて、将来の希望を見せてくれました。

「今は大変かもしれないけど、がんばればいいこともあるよ」と。

希望を見せてくれたことで、私はがんばろうと思えるようになったのです。

辛いこと、大変なことも、我慢してがんばろうと思えたのです。

「お前はダメだ」

それは、いわれる側も、薄々気付いていることが多いものです。でも、どうしたらいいか分からない。結局、悶々としたままで、問題は解決しません。

先輩が伝えるべきことは、

今は一つの成長過程で、誰でもぶつかる壁だということ。

その壁は、努力すれば、必ず乗り越えられるものだということ。

自分も壁にぶつかった経験があって、苦労したけど、最後は乗り越えられたこと。

だから、あきらめずにがんばろう。応援するから。

そういうことじゃないかと思います。

結局、問題を解決するのは、その人自身です。

周りができるのは、その人の心が折れそうになったり、くじけそうになったりしたとき、また元気になるように励ましたり、勇気づけてあげることが一番なのではないか。

そんな気がします。

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