お山の大将にならないために

中小企業の経営者は、多かれ少なかれ、お山の大将的なところがあります。

多くの場合は、事業のリスクを一身に背負っているのですから、それも当然のことです。また、大将がいなければ、組織はまとまらないこともあるので、少々自己中心的になる人がいても仕方がありません。

しかし。

大将はいいとして、「お山の」がつくのは、あんまり好ましくないとも思います。

なぜなら、「お山の」がつくと、「狭い範囲の中で自分が一番だと得意になっている人のこと」という意味にもなってしまうからです。

得意になっていないとしても、何でも自分で決めないと気が済まないとか、ちょっとしたことにも関わらなきゃ気が済まないとか、すべてが思い通りにならないと気が済まないとか、そういう傾向が強くなってきたら注意した方がいいと思います。

もっとも、それがいい会社をつくるために必要な要素であるともいえます。

いい会社というのは、「そこまでやるか!」と、端から見るとあきれるぐらいに何かを徹底しているものです。それをやるためには、トコトンまでやり抜こうとする大将の強い意志が必要です。細かいところにもこだわって、口うるさい大将が必要なのです。

でも、それをやりすぎると、大将の顔色を伺う社員、大将のいいなりになる社員など、自主性のない社員が増えてきます。あるいは、5時から人間というのでしょうか。会社は会社、自分は自分という、極端に線を引く人も増えます。

仕事とプライベートをきちんと分けて、一線を引くことは重要でもありますが、あまりにもそれが強すぎると、心のこもっていない、機械的な仕事につながるものです。結果として、組織全体のアウトプットの質が落ちてしまうことにもなるわけです。

そうならないために必要なのが客観性。

時には、冷静に自分を見つめ直すことが必要です。ところが、自分を冷静に見るということは想像以上に難しいこと。当然、主観が入りますし、自分のことを正当化する理屈がどんどん出てきます。

だからこそ、耳の痛いことをいってくれる側近が必要なのです。

しかしながら、そういう人がいる会社はあまり見たことがありません。。。

どこの会社でも、社長の奥様は、「耳の痛いこと」をいう存在として君臨しているようです。

でも、それとこれはちょっと違います。

さて、どうして耳の痛いことをいってくれる側近がいないのか?

その一つは社長が求めていないからです。

だから、そういう資質がある人は煙たがられるか、権力で押しつぶされるか、愛想を尽かして退職するか、、、いずれにしてもいなくなってしまうのです。

人間誰でも、嫌なことは聞きたくないですからね。

社員にいわれると、よけいに腹が立ったりしますし。

そんなときに、我々のような第三者がいればいいと私は思うのですが、残念なことに、これまたお呼びじゃないということが多いようです。

もちろん、全員が全員、そういうわけではありません。

謙虚に聞く姿勢を持った、立派な社長さんもたくさんいます。

私は、そういう社長と仕事をしていくのが好きですし、これからもそうしていきたいと思います。

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