独裁かリーダーシップか

大阪府知事、市長選では、維新の会が圧勝でした。劇場型選挙などといわれたりもしますが、大阪の方々は橋下さんのリーダーシップに期待したのでしょうね。
でも、その一方で、独裁ともいわれています。橋本さんご本人もいってたような気がします。
では、独裁とリーダーシップは何が違うのか?
これはかなり微妙です。ほんのちょっとの違いで、強力なリーダーシップと称えられる場合もあれば、独裁といわれる場合もあります。
私が思うに、その一つの違いは、結果です。
あとになってみないと分かりませんが、よい結果になれば「強力なリーダーシップ」で、悪い結果になれば「独裁」


企業でも、ファーストリテーリングの柳井さんなどは、そのときによって、あるいは論じる人によって、あるいはその見方によって、強力なリーダーシップを発揮しているといわれもするし、独裁といわれたりもします。どちらになるのかは、やはり結果による違いが大きいのではないでしょうか。
また、宅急便を始めた頃のヤマト運輸。周囲の反対を押し切って、宅急便の事業に乗り出した小倉さんも、当時は独裁といわれていたかもしれません。でも、結果として宅急便は大成功だったので、今から振り返れば、小倉さんの強力なリーダーシップによって、新たな事業がこの世界に登場したということになるわけです。
ですから、橋下さんも周囲が反対して、今は独裁といわれようが、何年かして、よい結果をもたらしていれば、強力なリーダーシップだといわれるようになると思います。
もう一つは、考え方に筋が通っていて、本当に何かをよくするために、考え、行動しているかどうか。
自分が正しいと思うことを押し通すとしても、それを数の論理で押し通すようになれば、それは独裁につながります。
理想をいえば、初めは相手が反対していても、話し合いを重ねて、「難しいかもしれないし、いろいろと障害もあるけど、これが正しい」と相手が納得し、双方が合意の上で進めていくことが大事です。
ところが、何か新しいことをやろうとしたり、大きく変えていこうとすると、必ず抵抗勢力が現れます。そこには論理が通用しないことも多く、単なる感情的な対立になることも多いものです。
そうなってしまうと、結局は、強引に押し通すことになる。
ただ、押し通すにしても、「これが本当に○○のため」という軸がぶれなければ、強力なリーダーシップになるでしょう。
とはいっても、「これが本当に○○のため」ということが、本当に正しいかどうかは、結果が出ないと分からないことも多く、周囲の反対を押し切ってでも実行する勇気が必要なことは間違いありません。でも、これは一歩間違えば独裁です。
強力なリーダーシップが、独裁に変わるのは、そのリーダーに驕りが出たときかもしれません。
「自分はすべて正しい」というような勘違いです。
だからこそ、リーダーは常に謙虚であるべきだし、よく自問自答をする必要があります。
民意だから…っていうのも、結構危険です。
投票した人も、具体的な政策すべてを理解しているわけではありませんし、すべてに賛成しているわけでもありません。
いずれにしても、将来、強力なリーダーシップで大阪がよくなったといわれるようにして欲しいですね。

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