あれから11年。コロナはあるけど、平穏無事に感謝!
東日本大震災から11年。
あの日の14:46は、横浜の事務所にいました。
夕方から研修があったので、
その準備をしたいたと思います。
コーヒーを入れようと立ち上がったら、
大きな揺れが来て、
思わず机にしがみつき、
小学生の頃やったように、
机の下に潜ろうかと思いました。
それまで経験したことのない揺れでした。
何が起こったかとテレビをつけましたが、
アンテナがやられていて見られず。
ずいぶん大きな地震だとは思いましたが、
まさか、あそこまでとは夢にも思いません。
研修まで2~3時間あったので、
少し余裕を見て早く出かけようかな、
などと思っていました。
しばらくして様子が分かってきましたが、
電車はすべてストップ。
研修も中止。
電話は通じないので、メールでの連絡でした。
そのまま事務所に泊まろうかと思っていましたが、
幸い、私の乗る電車は深夜に復旧。
動き出したのを確認して駅に向かいました。
駅までの道は、ところどころ、くぼみができていたり、
段差ができていたりしました。
地震の大きさ、被害の大きさを痛感しました。
家に帰れば、あれこれ落ちて、そりゃ大変な状態。
その後、研修会場として使っていたホールが使えなくなったり、
計画停電があったり、
普通の日常とは違う日々が続きました。
神奈川県の横浜市ですら、そんな状況でした。
半年後、岩手、仙台の被災地を訪問しました。
津波にやられたあとを見て言葉を失いました。
道端にある、10メートル以上の高さにある看板。
それが壊されていました。
こんな高さまで・・・
内陸のちょっと小高いところにある会社を訪問。
それなりに高いところにあるのに、
「このすぐ下まで水が来て、慌てて逃げたんですよ」
山道が川のようになって、
そこを水が登ってきたんだそうです。
地震から半年たってからの訪問なのに、
まだ水が引いていない街もありました。
もちろん、人は住めません。
現場を見て、地震の怖さ、津波の怖さを思い知りました。
そのときの思いが、ウクライナの街の様子を見ると、
甦ってくるんです。
テレビや写真で見るよりも、
現場に行って生で見ると、全然違うものを感じるということ。
そのことが鮮明な記憶として残っているので、
テレビの画面でさえ悲惨なウクライナの状況が、
現場にいる人にはどれだけのものなのか・・・
想像しても想像しきれないんですけど、
でも、その辛さ、痛みを少し感じてしまうのです。
それを考えると、コロナなんて、大したこたぁない。
もちろん、コロナでお亡くなりになった方もいるわけで、
その方に対して、あるいは、関係する方に対して、
こんなことをいうべきではないと思います。
とてもいえません。
でも、全体を見て考えれば、コロナはまだ耐えられます。
比較するものではありませんが、
戦争や東日本大震災のような天災と比べれば、
コロナなんて、大したことはないといってもいい。
少なくとも、私自身にとっては。
私だって、もちろん、いろいろ不便だったり、
ビジネス上でマイナスになったり、
行動が制限されたり、
人並みには、いろいろとあります。
でも、東日本大震災を振り返れば、
今のこの状況は大したことないといえるかな・・・
と思うのです。
ウクライナを見ても同じです。
よく母が言っていました。
「上を見ればキリがない。下を見てもキリがない」
母が父(私の祖父)から、いわれた言葉だそうです。
世間でも時々使われているようですが、
有名な言葉なんでしょうか・・・
まあ、他の誰かをうらやましがったり、
ねたんだりせず、
今の自分の状況をありがたく思え、
ということですよね。
以前は、そういわれても、
いってることは分かるけど、
心の底から納得できるものでもありませんでした。
でも、今は、その通りだと思ったりします。
現状に感謝しよう、というのも、
以前は、分かるけどちょっとね・・・
と思っていましたが、
今は、腹に落ちています。
それだけ年を取ったってことでしょうか・・・
今日は大震災から11年。
あのときのこと、ウクライナのこと、
いろいろ思い巡らせると、
確かに、現状に感謝するしかありません。
母は、昨年の10月に亡くなりましたが、
母にも感謝です。
生前にはその気持ちを伝えられませんでしたけど・・・
その分、まだ元気な父には・・・と思いつつ、
なかなか難しいですね。
照れくさいし。
でも、感謝です!
大したことはないとはいったものの、
やっぱり大変なこともありますが、がんばっていきましょう!!